弁天通り復刻
プロジェクト

クラシカルで品のある、

古き良き時代の弁天通りを復刻する

「弁天通り」は、横浜地方裁判所交差点から弁天橋近くまで海岸と平行に関内の街を横切って延びる通りで、安政六年(1859)の横浜開港にあたってつくられた海岸通り・北仲通り・本町通り・南仲通りなど五筋のひとつ。

d2_l 横浜真景一覧図絵 1891年(明治24).jpg

写真:横浜開港資料館 Webサイトより

通りの名は、旧横浜村の鎮守で景勝地としても知られた「洲干弁天社」へ通じる参道であったことに由来します。

4-13 弁天通り 明治中期(右手中央は河北時計店).jpg

写真:横浜開港資料館 Webサイトより

開港後より活気のある通りとして賑わい、多くの生糸商社が店を構え、野沢屋や丸善の前身である丸谷商社などの商店も軒を連ねていました。

6-17 横浜弁天通り 絵葉書 明治末から大正初期.jpg

写真:横浜開港資料館 Webサイトより

なかでも外国人向けの高級品が並ぶ商店街として知られ、関東大震災で大きな被害を受けた後も復興を果たし、昭和の初めまで栄えました。